40歳のとき、ハーバードAMP(Advanced Management Program)を受講した。9週間、ボストンで寝起きする集中講座。日本人としては最年少だった。

なぜ40歳で、わざわざ大学に戻ったのか。

実は修了直後、自分のブログにこう書いた。

「現時点でHBSが私に与えたものを伝えるには、早すぎる」

その勢いで4つの気づきを書き残したけれど、当時は本当のところは、わかっていなかった。

あれから9年、49歳になった今。ようやく言葉にできることを、ここに書いておく。


ハーバードが、僕に授けたもの

1. 自分を変える、地上で最後のチャンス

AMPは、エクゼクティブが自分自身を変えられる、地上で最後の場所だと、教授たちは言っていた。

40歳を過ぎると、人はもう変われない。階級社会からも抜け出せない。家族も部下も、あなたという「キャラクター」を前提に動いている。私生活ですら、本気で変わるのは難しい。

AMPは違う。世界各国から、利害関係のない他人が集まる。あなたが日本で何を成し遂げたかなんて、誰も興味がない。肩書きは、入口で剥がされる

そこで初めて、自分自身と向き合う時間を持った。本当の自分、強み、弱み、癖、生き方、そして死に方。

最大の発見は、「私」が「私たち」に変わったことだった。

これまで出会った人たちを、僕は大切にしてきたつもりだった。でも気づいていなかった。僕に話しかける人は、僕の声、僕の言葉、僕の表情を通して、毎日「僕」を経験しているということに。

僕の機嫌が悪ければ、その人の今日の一部が、悪い体験になる。 僕が笑顔でいれば、その人の今日の一部が、明るくなる。

それを知ってから、人と会う構えが、根っこから変わった。

もし今あなたが僕に会うことがあるなら、目の前に立っているのは、本当の僕だ。願わくば、そこに大きな笑顔がありますように。

2. 世界標準が、頭ではなく身体に入った

8週間前は他人だった人たちと、寝食を共にした。

何度も衝突し、議論し、泣いた。違いを見つけるたび、理解しようとした。ほとんどの場合、理解できなかった。

それでも、違いを尊重することは身についた。理解できなくても、尊重はできる ─ これは大きな発見だった。

不思議なことに、彼らは(特に僕のルームメイトは)、それから僕の家族のような存在になった。今でも年に一度、地球上のどこかで再会する。

日本だけにいると、見えない世界の標準がある。それは本やニュースでは伝わらない。8週間、同じ食卓を囲んで、ようやく身体に入る

3. 過去の教訓と、未来の予測

AMPはケーススタディを通じて、過去の教訓を教える。これは有名な話。

しかしAMPは、それ以上に未来を教えてくれる場所だった。

10年前、スマートフォンはなかった。あれは予測不可能だったのか?

僕は、そうは思わない。**「未来から逆算して見る」**という習慣が身につけば、ある程度は見える。

これは、AMPで身につけた最大の思考法だ。今の自分の意思決定の半分くらいは、ここから来ている。

4. 違いを生む、という一生もののアサインメント

AMPの最終講義は、こう締めくくられる。

“We promise to make change in the world.”

我々は、世界に変化をもたらすことを約束します。

人はAMPの卒業生を「特別」だと思うかもしれない。でも、違う。ハーバードを出ただけでは、何の意味もない

我々が特別になるのは、世界に良い影響を与えたときだけだ。

この約束に、僕は今でも毎日応えようとしている。


9年経って、答えが言えるようになった

なぜ40歳でハーバードに行ったのか。

当時の僕には、明確な答えはなかった。「自分を変えたい」という漠然とした衝動があっただけだ。

今ならこう言える ─

自分を変えるために行った。そして、変わった自分が次の世代に渡せるものを、増やすために行った

それだけのために、9週間と数百万円を使った。

その選択は、正解だった。あの時行かなければ、今の僕はない。


人生において大切なのは、「未来から逆算して見ること」だと書いた。

それを、自分にも当てはめて言うなら ─

40歳の自分は、49歳の自分から見て、行ってよかったと思えるか?

その問いに、9年越しに「Yes」と答えられる。

それが、僕にとっての投資の意味だった。


学んだものを、次に渡す。

— Nick Nakatani