小学生のとき、我が家は週に一度、夕飯におかずがない日があった。
ご飯と漬物だけ、味噌汁が一杯。そういう日が、毎週やってきた。
でも、両親は決して「貧しいから」とは言わなかった。
「世の中には毎日食べ物を食べられない人がたくさんいる。うちは恵まれているんだよ」
それが、両親の口癖だった。
借金して大学を出してくれた両親
家は決して裕福ではなかった。それでも両親は「教育は大切だから」と借金をして、私を大学に出してくれた。
私は勉強もスポーツもさほど得意ではなく、ただ音楽ばかりしていた。両親はそれを止めなかった。「好きなことをやりなさい」と言って、見守ってくれていた。
その恩返しがしたかった。 親に何か胸を張れるものを渡したかった。
その一心で、私は社会人になってから、ずっと走り続けた。
エンジニアからアメリカへ、アメリカから日本に戻って営業へ、マネージャーからマギルMBA、そして43歳でハーバードビジネススクールへ。
10年以上かけて、ようやく学位を手にした。 卒業証書を、親にプレゼントした。
夢は叶った。 たくさん苦労はしたけれど、あの瞬間で全て吹き飛んだ。
だが、ある違和感が残っていた
ハーバードを終えた頃、私の中にひとつの違和感が芽生えていた。
私が手にしたものは、本当に「私だけのもの」でいいのか?
ハーバードAMPの学費は、9週間で800万円を超える。 マギルMBAの学費は、2年間で500万円以上。 フルタイムMBAなら、300万円〜2,000万円かかる。
これだけの金額を払える人、その間仕事を休める人、英語が使える人、ビザが取れる人 ─ そのすべての条件を満たせる人は、日本にどれだけいるだろうか。
文部科学省のデータによれば、日本のMBA取得者は多く見積もっても10万人ほど。日本の雇用者数5,660万人の0.2%にすぎない。
外資系企業では役員の40%以上がMBAを持っているのに対して、日系企業ではわずか10%以下。
つまり、現状はこうだ。
MBAという「世界の見え方を変える知識」は、ごく一握りの人だけのものになっている。
両親が借金してまで私を大学に出してくれた、あの教育の力。 ハーバードで触れた、世界の見え方を変える知識の力。
それを、本当に必要としている人の元に届けたい。
「フリーターや学生、ショップの販売員、介護士、スーパーマーケットの従業員、清掃員、病院のスタッフ」
そういう、私の周りにいる、ごく普通の人たちにも届けたい。
コロナ禍、世界が止まった日
2020年。世界が止まった。
対面研修が消えた。MBA留学が止まった。海外への扉が閉ざされた。
多くの人にとって、それは絶望の年だった。
でも私には、ある決意が生まれていた。
今だ。今こそ、ゼロから作り直せる。
オンラインで、誰でも、どこからでもアクセスできる、本物のMBA教育を作る。 値段は、子供のピアノやバイオリン並みの「習い事レベル」に。 学位ではなく、「世界の見え方を変える」ことそのものを届ける。
まず、自分が動画を学んだ
2020年の春から夏にかけて、私は動画制作の会社に弟子入りした。
カメラの使い方、照明の組み方、画角、編集。 何もわからなかった私が、プロのテレビ番組編集者から基礎を教わった。
43歳になってから、20代に混じってカメラを担いだ。 何度も撮り直し、画面の暗さを直し、音声のレベルを調整した。
「世の中の見え方が変わる学び」を届けるための、自分自身の見え方の変化だった。
8月、カフェで一人ノートを書いていた
2020年8月。 私はカフェにいて、一冊のノートに「3Cアバター」と書いていた。
Complex(コンプレックス)、Confidence(自信)、Control(影響力)。
これからインスタライブを毎日4回流す準備だった。
ノートに書いた私の「コンプレックス」はこう。
「もと貧乏」 「苦労してやっと完成、でも2週間で潰したタピオカ屋」
「コンフィデンス」はこう。
「俺は本当に好きで好きでたまらない。今夢中なことは、自分の知識を分けること。そして日本をもっと世界に」
完璧な自分を見せるのではなく、等身大の自分を晒すと決めた。
過去の失敗も、貧乏だった頃の話も、全部出す。 そうしてはじめて、画面の向こうにいる人と、本当の意味でつながれる気がした。
スタディ + ハーバード = STABIRD
形ができてきた頃、名前が必要になった。
考えた末に出てきたのは ─
スタディ + ハーバード = STABIRD(スタバード)
学び続ける、という意味のStudy。 私を変えてくれた場所、Harvard。 そして、2つが融合した先には、Bird ─ 鳥のように飛び立つ姿。
スローガンは自然と決まった。
“Let’s Learn to Fly!!”
学んで、飛び立とう。
40週、24時間分のカリキュラム
そして、最大の挑戦が残っていた。
ハーバードやマギルで2年かけて学んだものを、どう短くできるか。
リーダーシップ、マーケティング、会計学、戦略論、ファイナンス、経済学、オペレーション、ネゴシエーション、起業、SDGs ─ MBAのすべてを、40週、24時間に凝縮する。
何度も書き直した。 何を残し、何を捨てるか。
最終的にできあがったのは、ハーバードAMPで触れた「世界の見え方を変える」核の部分だけを残したカリキュラムだった。
「楽しく見え方を変える学びを体得する」
それが、スタバードのテーマになった。
11月10日、最初のオリエンテーション
2020年11月10日19時。
インスタライブで、私は最初のオリエンテーション講義を流した。
緊張していた。 照明の角度を何度も確認した。 カメラの前で、初めての受講生たちに向かって話し始めた。
その夜、13人の方が見てくれた。
数字だけ見れば、決して多くない。 でも、私にとってはどの数字より大きかった。
13人が、私と一緒に学び始めてくれた。 週に一度のおかずがなかった夕食。 両親の借金。 ハーバードでの9週間。 そのすべてが、この13人の最初の一歩につながった。
6年経って
スタバードを始めて、6年が経った。
「楽しく見え方を変える学び」というテーマのもとで、これまでに様々な人が学んでくれた。
経営者、会社員、個人事業主、医師、士業、専門職、大学生、地方議員 ─ MBAという言葉から遠かった人たちが、自分のペースで、自分の場所で、学びを身につけていった。
「未来へ分岐点になりました」と言ってくれた人がいる。 「マンチェスター大学MBA入学の前にスタバードで本当に重要な部分を網羅できた」と言ってくれた人がいる。 「会社経営の判断で応用しています」と言ってくれた人がいる。
そして今、スタバードは形を変えながら続いている。 現在は法人向けが中心。個人向けの新規も、続けて受け付けている。
「一億総MBAで、日本のGDPを上げる」
そのミッションは、まだ道半ばだ。
親に渡せなかったこと
両親は、私がハーバードに行った時、心から喜んでくれた。
「教育は大切」と借金をしてくれた人が、子供が世界最高峰の教育機関で学ぶ姿を見られたことは、きっと何ものにも代えがたい瞬間だっただろう。
でも、私は気づいていた。
親に本当に返すべきものは、卒業証書ではなく、私が学んだものを次の世代に渡し続けることだった。
学びは、独り占めするものではない。 学びは、回していくもの。
それが、両親が私に教えてくれた、何より大切なことだった。
そして私は、その教えを忘れないために、スタバードを続けている。
Let’s Learn to Fly.
— Nick Nakatani